マカオへ。そこはカジノに行くでしょう。

マカオで人生初のカジノに行ってきた。
資本金は5000香港ドル(日本円にして75000円くらい)を用意した。結論から言うと、3500香港ドル(5万円くらい)の勝利で 1.7倍に増やしてきた訳だが、その結論としてはなんとも言えないものだった。

 

僕は普段は賭け事は一切しない。大学生時代とかは麻雀が流行るものだが、僕は1度もかけ麻雀に参加しなかった。麻雀ができなかった訳ではない。なんなら、親父の影響で麻雀は小4のころからやっており、打とうと思えば普通に打てる。でも、掛けるのが嫌だったのだ。


そんな僕が、この旅、せっかく人と違うことがしたいのだから、自分の殻に閉じこもらずに、ギャンブルの一つや二つしてやろう!という心意気で行ってみた。

場所は超大手のリスボア。厳密にはその隣にある系列のグランドリスボア。ホテルの入り口入るとすぐにカジノの入り口があり、パスポートの提示もなくいとも簡単に入れてしまう。そこで色んなゲームを見て回ったが、気づいたのは中国人の資本力。ミニマムベッド500ドルのテーブルで、中年中国人が3000ドルをパッと換金し、1000ドルチップを3枚にする。それをろくに考えずにぽん、ぽん、ぽんと3回に分けて掛けて、全て負け。一回のゲームが短くてすぐ終わるものだったのもあるが、本当に10秒くらいで使い切ってしまった。自分の資本が5000ドル。その6割に当たる3000ドルをこんなにも簡単に…。所詮バカで成金の中国人でしょ、と思った反面、自分とは金銭感覚が10倍以上離れており、3000ドルとか端た金なのか、という、噂の中国バブルでのし上がった中国人の資本力に仰天した。

 

こんな感じで先制パンチを食らって、やっぱ止めようかな、とも思ったが、いやいや、自分の殻を破る旅なのだ、と自分を鼓舞し、かの有名な「大小」のテーブルへ。
大小は知っている人は知っていると思うが、サイコロを3つふってその目の合計が半分(話の最大値が18なので、その半分の9)より大きいか小さいかを当てるゲーム。総和をピンポイントで当てに行ったり、ゾロ目を当てに行ったりと、その他のかけ方もできる。なお、ゾロ目が出た時は大小は関係なく、ゾロ目に掛けた者のみが勝者になる。
何ともわかりやすいゲーム!!!
トランプとかだとカードカウントとか気にしちゃうけど、これはマジで運だけの戦い。これで戦おうと。まずは手持ちの2000ドルを換金し、ゾロ目は狙わずに大小のどちらかだけで勝負。
500ドルチップずつで勝負するが、かけた後にサイコロがオープンされるときの緊張感たらない。ギャンブルにハマる人はこの時の快感がやめられないのだと納得する。自分で心臓の鼓動が分かるし、買った時の安堵感。興奮感。受験の合格発表を見るときとすごく似ている。まぁ受験は運ではないけど。
そんな感じで楽しみながら始めたら、あれよあれよと勝ち進み、ほぼ負けずに3500ドルを手にしてしまった。1時間もかかっていない。
どうしよう、このまま続けようか。でも、続けるとしていつ辞めるんだ?明確なやめどきは資本の5000ドルを擦った時。でもそれまでやるんだったらハナから負けに来ているような者だ。競馬好きの先輩が、ギャンブル好きは負けるまでやる。勝ってやめないからダメなんだ。と言っていた。まさにその通り、資金を増やしたいのではなく、あの勝った時の感覚を求めるのであれば、資金がなくなるまでやってしまう。
でもそもそも、このゲーム期待値1切ってるし、確率論的には確実に客が負けてカジノが勝つ仕組みになっている。まぁそれじゃなきゃカジノ経営できないから異論はないが、だからこそ合理的に考えて、こんなゲームやること自体が愚の骨頂。だからこそ2000ドルで3500ドルを買ったとか、マジでラッキーでこれ以上のラッキーとかないでしょう!と思ってカジノはそこで切り上げて、マカオの市内を観光することに。マカオはポルトガルの占領下だったため、ヨーロッパ風情のある気持ちいいところだった。
そんな風にマカオ市内を歩いている時、カジノで自分の判断についてもう一度考えていた。合理的に考えて、あそこがやめ時だった。だから勝てたのだと言い聞かせた。


その時気づいた。こうして理性的に物事考えている自分がいかに詰まらないか。人間、理性で考えれば失敗しないし、その時その時で正しい判断ができ、損もしない。自分は特に屁理屈な人間だからそのように生きてきて、それは痛感している。むしろ理性的に考えられない人が理解出来なかった。でも、理性的に物事判断して生きていくことに何が楽しいのだろうか。自分は損しないために生きているのではない。何のために生きているのかといわれると結論は難しいが、少なくとも損しないために生きているのではない。何なら、この旅だって自分のキャリア的には合理的な判断ではない。多分自分の、物事を合理的に考えて生きていくスタイル、それに嫌気が刺していたのではないかと。なのにまた合理的な判断でカジノを止めてきてしまった。でも、資本が尽きるまでカジノに浸かるべきだったのだろうか、5000ドルと言わず、旅行資金全部投じるくらいの心持ちが良かったのだろうか。そうとも言えない気もする。結局結論は出ず、カジノ熱も冷めてしまっていたのでその場で帰ることにした。どっちが正しいとかはないが、自分は詰まらないか人間であることは間違いない…

 

そう言えば、研修時代、この人は患者思いでいい医者だな、と思った先輩はギャンブル好きが多かった気もする。皆で仲良く競馬に行っていた。
彼らには人間味があるから、いい医者だと感じたのかな。