中国蘭州で見た、いろいろありなセクキャバ

中国は蘭州に来た。西安から8時間くらいの夜行列車で到着。蘭州も省の首都だけあって交通量も豊富。やはりここまで来ても栄えているところは栄えている。

予約していたホステルまで行くと、何やら工事中であり、英語の全く通じない工事現場のおっさんにホステルの住所を見せると、「メイヨー!(中国語で「無い」の意味)」と言い放たれる。どういうことか分からず粘っていると、おっちゃんが鍵を持ってホステルの中を見せてくれた。何と、ホステルは工事中。ホステルがあった跡らしき壁の落書きは残っているが、中は瓦礫の山。こんなことありますか?信じられんと思いながらも、何とか別のホステルを見つけてチェックイン。こんな感じでホステル探しに苦労し、夜行列車でも殆どの寝れていなかったため、どっと疲れが出て昼間から爆睡した。そして起きたのは20時。せっかくなのでお勧めされたナイトマーケットへ。そしてナイトマーケットに行く途中のとある店で何とも面白い経験をした。

 

店からは歌声が聞こえてくるので、何か面白いショーでもしているのか?と思い入ってみると、中は薄暗く、丸テーブル2、30個並んでいて、中くらいの結婚式会場くらいの大きさの飲み屋みたいな感じ。ただ薄暗く怪しげな感じ。そこではおっさん達が酒を飲んだり、タバコ吸ったり、トランプをしたりしながら会話を楽しんでいる。よく見ると歌を歌っているのも客のおっさん達で、けっこう上手いが、ようはただのカラオケ。つまりはここまでは大きめのカジュアルめなスナックと言った感じ。

そこで俺も10元のビールを飲む。これもレストランとしては安めで、普通の飲み屋という感じ。ビール飲みながら歌聞いてまったりしていると、よく見るとおっさんの中にやたらボディーラインを強調する服を着たおばちゃん達が何人かいてふらふらしている。これほんとおばちゃんで、何なら50代の俺の母親とさして変わらない感じ。このおばちゃん達が、テーブルに座っているおっさん達に手当たり次第に声をかけては、何か断られたり、隣に座って話を始めたり、そして中にはおばちゃんに手を引かれて奥の方に行く人も。お、これは風俗か?と思いながら奥の方を見るも、薄暗くて奥に別室があるのかないのか、何をしているのか、ということは一切見れない。ちょっとすると連れてかれた男がスッキリしながらおばちゃんと一緒に戻ってくる。何だー、と妄想を膨らましながら目を凝らすも何にも見えない。でも見たい、だからおばちゃんに誘われたフリして奥の方をに行くことに。

そしたらそこは、特に別室もなく、ようはそこだけ灯りが消されていて真っ暗になっているのだ。そこで7、8組のカップルが社交ダンスみたいにゆっくり踊っている。何だ、踊るだけかい!踊るだけで中国のおっさんはこんな満足するのか、と思うも、よく目を凝らすと、尻を触っていたり、もはや踊らずに胸を揉みしだいていたり、何なら腰を思いっきり振っているおっさんもいる。でも服を脱いでいる訳ではない。そのまま果てたらどうすんの?そこまでは確かめきれなかった…。

 

でも中国人もこんな感じでストレス発散しているんだなぁ。という一面が見れて良かった。これも旅の醍醐味。中国人の生活に入り込めた感じがして満足だった一日でした。

中国の映画館でハリウッド映画を見てみた。

中国四川省楽山市に滞在していた時のこと。

そうだ!映画でも見に行こうと思って楽山市にある映画館へ行ってきた。出来れば中国映画を見てみたかったのだが、田舎の映画館ということもあり、上映している4回の映画は全てアメリカ映画。ホステルの人に中国では映画を作っていないのか?と聞いたら、「まさか、もちろん作っている。でも海外映画の方が人気だし金になるから、映画館経営者は海外映画を流したがるんだ」との答え。ここにもアメリカナイズを垣間見ることに。まぁ仕方ないと思いアメリカ映画を見ることにした。

4回の内、2回は同じもので、LIFEという映画。宇宙もので、日本では7月に公演予定とのこと。真田広之が出ていて、ネットで調べてもそこそこ話題の映画みたい。確かに、成都でもたくさんこの映画の広告を見たし、今中国で熱い映画なのであろう。時間的にも日中に2回、夕方17時以降に2回流すみたいなのだが、この夕方の2回が両方ともこの映画。行った日が平日であることを考えると夕方以降の映画に力を入れるはずなので、色んな面からこの映画が人気であることが伺える。

 

17:10開演で、17時過ぎに着いたのでギリギリ。席はどのくらいあるかなと思ってチケットカウンターへ行くと、日本と同じように電子版で自分の席を選ぶスタイル。電子版を見るとかなりの席数があり、日本の大きな映画館に入っている中くらいのサイズの劇場という感じ。「どこでもいいよ。」と言われたので、「中国だし適当なんだろうな」と思って、適当に席を選び館内へ。

そして入場したらびっくり。観客ゼロ。これ、一切盛っていない。しっかり見渡したが本当に俺以外1人もいない。係りのお兄ちゃんも、俺が来たからじゃぁ流すか、という感じ。もちろん上映中も観客は増えず。何百人入る映画館で1人で映画を見る体験したことありますか?多分俺はこれが一生で最初で最期だろう。これだけでも楽山に来た甲斐がある。映画の内容については深くは触れないが、SFホラーだと思う。どデカイ映画館で1人で見るには少し怖かった。笑

 

映画はバッドエンドだし、グロいし、少し不愉快な気分で見終わって外に出た。そしたら街の至る所でおっちゃん達は将棋みたいなボードゲームやってっるし、おばちゃん達は大勢で音楽に合わせてダンスをしている。これは中国内ではどこでもよく見る光景で珍しくはないのだが、ここにこんなに人間がいるにも関わらず流行りのハリウッド映画に誰一人として足を運んでいないところが、自分たちの文化、生活を大事にしている感じがして何か嬉しかった。ちょっと大袈裟かな。

まぁでも別の町でホステルの人にこの話をしたら、「それは珍しい。映画は中国でも人気だし、基本満員だぞ」と言われたので、まぁ特別なことだったのだろう。田舎だったということもあるかもしれない。

 

でもやはりこういう独自性を守っているのを見ると、何か嬉しくなってしまう。個人的には面白い経験が出来たので満足。

 西安にて兵馬俑へ

現在西安兵馬俑に行ってきた。

そこまで観光に関心のない今回の旅だが、兵馬俑には行きたかった。世界史を学び、中国を統一した秦の始皇帝に対する尊敬の念があるから、という訳ではもちろんない。キングダムを読んで始皇帝が好きになった、という訳でもない。つかキングタム5巻くらいで飽きてやめたし。

 

なんで兵馬俑に行きたいかというと、高校生の頃の思い出があるから。俺の高校では高2の時に中国に修学旅行があり、北京ー西安ー上海と回ったのである。

多くの人はどうなのか分からないが、当時の大して何も考えていなかった高校生の俺は、修学旅行の思い出なんてホテルでどうやって部屋を移動するか、どうやって女子の部屋に行くか、などなど、中国でなくてもどこでもできるやん!てなことしか覚えていない。

そんな中でも辛うじて覚えているのが、北京での万里の長城が、高所恐怖症の俺にとっては恐ろしすぎる観光地で、上の方まで駆け上がっていく友達を横目に手すりに捕まりながらその場で立ちすくんでいたこと、上海で見た(多分上海で見たはず)中国雑技団が、「世界まる見え」で見たことある雑技団のやつで、これがほんものかぁと感激したこと、そしてもう一つが、西安兵馬俑で並ぶ兵士の像達をみて、何とも不思議な感覚と共にその画像だけが鮮明に残り、その後に外の広場で友達とダラダラしていたこと、以上の三つだ。中でも西安での思い出が、なぜか分からないが鮮明に残っており、それが理由でこの旅で中国でどこに行きたいかと思うと西安兵馬俑は外せないなと思っていたのだ。

 

さていざ兵馬俑に着く。150元という高額の観光料を取られるのは中国の観光地ではおなじみ。

兵馬俑には三つの建物があり、一つは兵士達の像の説明。像の成分や、構成など。二つ目は像を掘り起こした跡の場所。三つ目は掘り起こした跡のところに像が残っている場所。つまり有名な像は三つ目の建物でしか見れない。最初の二つの建物は、まぁこんなものかと、特に説明も見ずに流していき、いよいよ三つ目の建物へ。入ると人が群がっている。兵馬俑だーと思いながら近づくときの胸の高鳴りは自分でも驚くほどすごいものだった。この旅で一番の興奮であることは間違いなく、とても若い感情。初めてバックパッカーで行ったカンボジアにてアンコールワットを見に行ったときの気持ちに似ている。そんな胸の高鳴りを抱きながら見た兵馬俑。しかしそこで高校生の頃の記憶を思い出す、ということは無かった。あくまで本やネットで見た写真を確認すること、つまりは殆どの観光地で感じる、行う「確認」の作業。それをしたにすぎなかった。その後周りの広場を歩いたけれども、あの時の感覚を思い出すことは出来なかった。

これは、思い出すには記憶があまりに不鮮明すぎるからなのかもしれない。しかし、やはり高校生の頃の感情をこの歳で再現するというのは厳しいのだろう。むしろ記憶が鮮明であったら、高校生の頃の感情を塗り替え、台無しにしてしまうかもしれない。あの頃友達と行った兵馬俑は記憶の中に残り、それは大事にしなければいけないものでもう一度思い出そうとしても記憶以上のものを感じ取ることは出来ないんだと思った。

 

自分はまだ若々しい気持ちで生きている、と思っていたけど、十分年を取ったんだなと再認識させられる兵馬俑での経験だった。

旅の進路をどうとるか

今日は西安に来ました。

昨日、楽山にて申請していたビザを取得し、そのまま夕方のうちに成都へ。そこから西安まで夜行列車で来た。夜行は席がかなり空いていて、横になって寝ることが出来たのでそこそこ満足。杭州から広州に向かう14時間の夜行は、夜行だっていうのに立ち乗りの人がいるレベルで混んでいたので正直覚悟していたが、全然いらない心配であったようだ。やはり東沿岸部は人が多く流通も激しいが、内陸に行くと人の流れも減るということなんだろう。経済を象徴している。

 

さて、実はこの西安に行く前に、先日ブログでも書いたチベットに行くかどうか非常に悩んだ。チベットは入るのにパーミッションが必要なので、厳密には東チベットになる。四川省の西部はチベット族が住んでいて、生活様式チベット民族だが、四川省なのでパーミッション必要なく行くことが出来るので、チベットを見たい人にはオススメなのだ。

 

あれだけチベットの話をされたので、行こうかすごく悩んだ。しかし結局やめた。理由は大きく二つ。

一つは移動がわりと大変だということ。バスで1日中走り続けて16時間くらい。しかも4000mくらいの峠越えをして、吐く先の色達も3000mくらいあるため、体力的にそうとう持っていかれるのと、高山病のリスクもある。

もう一つは、これが大きいというか殆どなのだが、旅の目的を見失いかけていたからということ。先に言っておくとこの旅にそこまで大きな目標など立てていなく、飛行機無しで世界を一周ぐるっと回って来たい。西に向かって東から帰って来たい。というぐらいのことだ。だから世界中いろんなところをふらふらして、オススメがあればそこに立ち寄るような旅をしようと思っていた。実はこの考え方に沿うなら東チベットに行くことになる。でも行かなかったのは、自分がとても疲れているということに気づいたからだ。今まで上海についてから南下して香港に立ち寄り、そこから成都に来た。まっすぐ西に向かうわけでもなく、急ぐ訳でもなく、のんびり動いていた。これだけの行程で1ヶ月経っているのだから。そして成都に着いたのだが、自分が何も成さず、何をしようとしているのかもわからない状況に疲れていたのだ。九寨溝に行っても特に感動せず、寝まくっているのに疲れたなぁという感想のみ。はっきし言って生気が無かった。どうしたんだろう。つまらない人間になっちゃったなーと思っていたが、ふとこれからの先、シルクロードを渡って西に向かい、船でヨーロッパからアメリカへ、さらにアラスカの方まで向かうことを考えるととてもワクワクしてくる。それはなぜかと言うと、目的があるからだ。どこかに向かうという。つまりこの目的にそわずに、無目的にふらふら1ヶ月していたがためにとてつもなく疲れてしまったんだと思う。

 

目的地のない旅(イージューライダーの歌詞にあるが)、それをしたいと思っていたが、自分にはなかな合わないようだ。何かやはり一つの方向に歩きつつ、その道中の景色、出会いなど色々な出来事に柔軟に対応し、進んでいく、そんな旅がいいんだと思う。

中にはふらふら旅して何年間も、という人もいる。彼らが本当に旅を楽しんでいるかは分からないが、少なくとも俺にはそういうスタイルを通すことは出来ないことがわかった。20後半になって今頃気づいたのかよ、と言われそうだが、自分のことは一番わからない。そして何よりも人は無い物ねだりな生き物。自分の性格を把握しつつも、それとは違う生き方に憧れをもち、そうなりたい、そうしてみようと思ってしまう。でも、自分の性格を見つめて、それを自分の個性、良さとして捉えられるようにならないとその先の成長はないんだなと再認識した。

 

ありきたりなよくある発言だけど、こうやって改めて自分で気付き、文字に起こすことで再認識出来る。これも暇な旅人の醍醐味。

楽山における中国ビザ延長についての追加情報

たまには旅人に役立つ情報ということで、楽山でのビザラン(ビザ延長)について書いてみようと思う。

まず先に断っておくのが、ビザランに必要な書類、どこでやるか、などは先人の方が写真も交えて詳しくブログに書いていくれているので同じことは記載しないでいいかなと思うので記載しない。

 

俺が付け加えたいことは二つ。

一つはビザランのためにわざわざ高いホテルに泊まる必要はないということ。これ結構大事。

ちなみに俺が泊まったのは、booking.comでも高評価で出てくる「Leshan Haiyun International Youth Hostel」。こちらでビザ申請する日の当日に泊まり、宿泊の際に貰うレシートのようなものにホステルのスタンプを押して貰えばそれが滞在証明になってビザ申請に十分使える。むしろ普通のホテルだと、楽山みたいな田舎だと日本人はノービザで滞在できることが認知されていなく、ビザがないから泊められないと断られた友人もいた。だから是非こちらのホステルに滞在を。ビザランについてはホステルの人もよく分かっているので質問にも答えてくれる。

 

もう一つは、チェックアウトはビザ申請日の翌日(ビザ取得日)の昼の12時以降にしなきゃならないということ。これはビザ申請の際に言われるので改めて書かなくてもいいかもしれないが、どのホステルも12時までにチェックアウトするのでここは注意。宿の人はそんな急かしてこないので、しれっと12:30頃にチェックアウトすればいいと思う。

 

楽山は田舎町で居心地も悪くないから数日滞在してもいいと思うが、楽山に興味なく、ビザだけ欲しい!という方はビザ申請日の朝に早朝バス(あるいは鉄道。鉄道の方が1時間早く着く)で楽山に趣き、上記のホステルに行きチェックインしたらその足で午前中にビザ申請し、翌日12時以降にチェックアウトしたら16時にビザを取りにいき、そのまま成都に帰るというのがいいのではないかな。

 

以上楽山ビザ申請について。

成都のクラブで

成都のクラブに行った時の話。

ネットで調べたら、英語のサイトでjelly fishってところがいいよ、てオススメしていたので、土曜の夜だしクラブに行くことにした。21時オープン、5時クローズ。21時に行っても仕方ないので、23時くらいまでホステルでダラダラして粘り、さすがにやることなくてしびれを切らして行くことにした。ちなみにバスとか公共交通機関は23時〜24時には終わるので、終バスで行くことに。

クラブの位置は四川大学の近くみたいで、多分四川大学の学生が行くのかな?四川省は四川美人というくらいで美人が多いらしいので期待に胸を膨らましていく。

自分は日本では六本木のクラブに数回行ったことある程度でそんなに詳しくないが、成都のクラブは六本木のクラブとかと比較するととても小さかった。こじんまりとした感じで作りも少し古く、学生のクラブといった感じ。でも客の半分かそれ以上は白人だった。成都に留学しているのか、観光で来ているのか。クラブのバー店員も白人が多く、やはりこのバー文化ってのは白人がいると様になるなと思った。

そういえば、成都で同じドミトリーに泊まっていたスイス人が、白人は中国ではクラブに無料で入れるという。これも雰囲気作りなのだろう。

クラブにいる中国人は、日本人とさして変わらず、クレイジーに外人にも負けずに踊り続けている者もいれば、シャイで隅っこにいるもの、仲間内でワイワイやっている者、VIP席でオラオラしている者。人種違えど同じ人間という感じ。

 

でもやはり感じざるを得ないのは、こういったクラブも含め、欧米の文化をかっこいい、おしゃれだと思ってしまう風潮。これはあくまで異文化であってどちらが優れているという訳でもないのに、無意識の内に優劣を感じてしまう。他の人々はどうなのだろうか?でも、日本で流行っているお店などを見ると、やはりこういう風に考える日本人が多いのではないかなと感じざるを得ない。

これはやはり、俗に言うアメリカナイズの流れによるものなのだろうか。こういうことを考えるといつも思ってしまうのが、もし日本が戦争に勝っていて、世界の公用語が日本語になっていたらどうなっていたのかということ。そしたらジャポニカナイズされて、居酒屋みたいのがおしゃれな扱いになっていたのだろうか。なんて生産性のないことをたまに思う。

 

九寨溝にて涙した。

九寨溝に行ってきた。九寨溝は、バックパッカーを始めた大学生の頃から興味があったところで行けてよかった。バスで10時間、途中で整備はされているが少しガタガタな道を通って行ったので、車酔いしやすい俺は少し辛かった。大学生の頃、九寨溝に行くには今にも落ちそうな崖っぷちの悪路(いわゆるデスロード?)を行かなきゃいけないと言われていて、確かにこの道が舗装されていなかったら相当危ないなとも思いながら行った。当日は生憎の曇りだったが、昼に数十分ほど晴れて綺麗なエメラルドグリーンを見ることが出来たのでまずまずとしよう。

 

でもこのタイトル、九寨溝で感動して泣いたという訳ではない。実はこの九寨溝での思い出は九寨溝自体ではなく、そこで泊まったホステルでのこと。移動で行き帰り1日ずつ取られるので、2泊3日の行程となる。その1泊目の夜に、不思議な出来事と不思議な夢を見た。長時間のバス移動で疲れていたため、ホステルで早めに就寝したのだが、途中何時かは分からないがふと目を覚ました。その時、訳もわからず涙が出てきて、声をあげて泣きそうになった。同室の人がいたので声は押し殺したが、それでも涙が止まらない。何か悲しいことをイメージしている訳でもなく、急に涙が止まらなくなったのだ。もともと涙なんてほとんど流さない人間で、映画とか本で泣いたことはなく、1年に1回泣くことがあれば、今年は泣いたな、と言えるような人間だ。というかむしろ、今まで号泣したのはいつか、というのを明確に言えるレベルで珍しい出来事だ。それだけ、凄まじい感情の変化がないと泣かないのに、この時なぜか止まらないくらい、嗚咽が漏れるほどの号泣が訪れたのだ。

 

そしてもう一つが、その後に見た夢。なぜか現実とかなりリンクしており、俺は世界一周を諦めて日本に帰ってきた設定になっている。その日本で、「なんで俺は帰ってきてしまったんだ、出来ることならあの頃に戻って続けたい、でも過去に戻ることなんて出来ない、なんてことをしてしまったんだ!」とうなだれていた。すごくリアリティーのある夢で、夢の中で夢であってくれと願ったが、これは夢じゃないんだなと諦めている。どうにか過去に戻れないか、と懸命に考えていると、ふと、昨夜九寨溝のホステルで眠りについたことを思い出す。「あれ?これは夢か?」と思うか思わないかの内に、ふと目が覚める。こんな感じで夢の中で今夢を見ていることに気づくことはたまにあるのだが、珍しい上に、このタイミングで随分リアリティのある夢だった。

 

この夢は、自分が旅に疲れて諦めて帰国した場合、かなり後悔するぞということを暗示してくれているのであろうか。そう捉えると分かりやすいが、夢なので分からない。そしてあの突然出た涙は何なのだろう。旅の疲れで心身ともに疲れきっていたところを、九寨溝の寒さ(標高3000mくらいのところにある)で刺激されて涙が出てきたのか、答えは出てこない。むしろ、この答えを求めるのもこの旅の醍醐味になるのかもしれない。

 

一人旅、世界一周旅行。特にここに行きたい、何を見たいとも決めて出てきた訳ではないが、それがために旅の目的を見失い、いろんなことに興味を失うことも多く、自分と向き合い内省的な世界に浸ることも多い。お世辞にも楽しいとは言えないが、これはこれで楽しんでいる、必要としているのではないかなとも思う。この先何を思いながら旅をしていくのか。楽しみでもあり、不安でもある。