旅での出会いについて。

今日はブログを書き始めて始めて酔っ払いながら書いている。そんこともあって内容も少し重い系。

 

旅での出会いについて、すごく思ったことがあったので書きたいと思う。

今は伊寧というカザフスタンとの国境近くの町に来ている。そこは近くにラベンダー畑や、サリム湖といった観光地が多いため、観光客も多少なりいて、ホステルは連日賑わっている。

 

そんなホステルで知り合った二人組みの男性と、今まで一緒に旅してきた中国人のJ君と前回のブログで書いたSさんと交えて、5人でラベンダー畑、国境の町へ観光に行った。

観光は特に変わったことなく、可もなく不可もなく楽しんだ。そして帰ってきて、少し休んでから皆で夕飯を食べることに。すこぶる天気が良くて、俺も予定では明日カザフスタンに行くということで酒が進む。結構酔っ払ってしまった。しかしとても楽しかった。前述した二人組の男性は一切英語が喋れないが、顔から滲み出てくるいい人オーラ。食事中も彼らの会話は一切わからなかったが、J君が訳してくれた数少ない内容を元にすると、「きっともう一度会おう!日本でも、中国でも」といった内容であった。俺は「of course!」と答えた。社交辞令ではなく、もちろん本心から。でも、これが旅の出会いなんだなと感じた。

彼らとはとても楽しい時間を味わったし、出来ることならもちろん会いたい。本気で会いたいと思って「of course」と答えた。でも、俺が今後中国にくる可能性、彼らが日本に来る可能性を冷静に考えたらもう一度会える可能性は限りなくゼロに近い。SNSが発展したこの現代において、以前よりかは可能性が上がるとしても、たかだか今日一日、二日の出会いで今後また会う可能性は限りなく低い。それは心の片隅に自覚しつつも、本気で「of course!」と答えている。ああ、これが旅の出会いなんだな、痛感した。そして何よりも、仮に出会えたとしても出会わない方がいいんだ。今日の彼らとの最高の思い出をアップデートするべきでは無いんだ、そう思った。この、ほぼ限りなく再開は出来ないだろう、出来たとしてもしない方がいいだろう、それでも本気で再開したいと思う、これが旅での出会いであり、旅での別れなのだろう。

 

「一期一会」。昔は気軽にネタみたいでこの言葉を使っていたが、今日初めてこの言葉の意味を感じる。映画「スタンドバイミー」の中で心に残っているフレーズに、「友とは出来ては別れていくもの」というものがある。人生を凝縮したような旅にこの言葉の意味を深く感じる。

人と出会い、分かり合い、そして別れていく。人生とはそういうもので、それを重ねることが人生の深みなのか、と思った。ああ、年を取ったな。おやすみ。

4人グループでカナス湖へ

ウイグル自治区のカナス湖に来た。そろそろ2週間近く一緒に旅をしている中国人(張掖で知り合った)がここを目標に旅をしているというのがきっかけでここまで来た。

カナス湖はウイグル(というか中国の)北西の果てで、ロシア、モンゴル、カザフスタンに囲まれているところ。最近はこのウイグル自治区北部の自然景観が流行りだしているらしく、大草原、連なる山脈といった大自然で、天気もよかったためこの旅一番の気持ちいい自然を感じた。例えるならアルプスの少女ハイジの舞台という感じ。中国だけど。観光客の中国人のたくさんいた。

ちなみにこのカナス湖、ネッシーならぬカッシーが出現したということで一時期話題にもなったらしい。もちろん僕はカッシー発見ならず。

ここは本当に、日本では感じられないスケールの自然があるのでもしこのブログを見て暇を持て余している人がいたら行ってみてください。けっこうおすすめです。

 

そんな感じのところに行ったが、実はここでそれまでの中国人の友人(J君)に加えて、二人の中国人の友達が旅に同行することになった。35歳、アウトドア系ハツラツ男子のL君と、名門!北京大学出身心理カウンセラーのSさん。ちなみにJ君は22歳。Sさんは教えてくれなかった。

そもそも一人でいるのが好きな俺がなぜここまでJ君と旅をしてきたかというと、彼が教養的に人間的にも相当に良いから。電子工学系の大学を卒業し、院に行く前のギャップイヤー中とのこと。でも将来はマーケティングの仕事に就きたくて、電子工学の院が終わったらイギリスにマーケティングのマスターを取りに行くということ。そもそも電子工学系に行ったのは親の勧めで、何でもそこを出ると政府系のプラント事業に職が持てるらしく安定するとのこと。ちなみに親は政府系の人間でけっこう裕福そう。でも彼はプラント事業の会社に進んでも昇進か離職しかなく、仕事としての魅力を感じていないという。彼は中国の学校で習う歴史が政府による情報操作を受けていること、それを多くの中国人が信じ込んでいることに嫌気がさすこと、日中の政治情勢、アメリカの政治情勢など、かなり多くの教養を持っており、中国国内のことから政治についての話をするなど、話していてとても楽しかった。雰囲気も落ち着いていて譲り合うこともでき、他の中国人に失礼かもしれないが典型的な中国人とは違った感じ。

そんな彼との楽しい旅に暗雲が立ち込めてきたのが残りの二人の登場である。L君は俺的には典型的な中国人。カナス湖まで1日のハイキングをすることになったのだが、他の3人が疲れきって死にそうになっているところ、彼は普段から鍛えていることもあるのだろうが、一人はしゃぎ、急げだの、写真をとるからそこに並べだの、自分のやりたい放題。しかし悪気があるというわけではなく、自分のしていることに特になにも感じていない。何よりもここが中国人という感じ。周りの人がどう考えるか、そういったことを一切気にしていない。そしてもう一人のSさんは、以前自分がうつになったからカウンセラーになることにしたらしいのだが、それだけあってかもう完全にメンヘラ。そこそこ可愛いからか、完全にかまってちゃんで、自分を中心にものごとを動かそうとする。ずっと話していて(中国語だから内容は不明)、集団行動に差し支えを及ぼす。そしてそのメンヘラの聞き手役が心優しい忍耐力のあるJ君。しゃべるSさん、聞くJ君、自分勝手好き放題なL君。俺は完全に取り残されて、一歩離れて一行の成り行きを観察し、楽しんでいた。しかしやはりこのメンツだと、自分の取りたいような行動はとれず、会話の9割を占めるようになった中国語は一切解読不能。この中だと旅もつまらなくなりそうだなと判断し、彼らから離れてカザフスタンに行くことを決意した。

 

「旅は道連れ、世は情け」。ひとり旅に道連れはいないけど、たまに一緒に人と行動を共にすると、この「旅は道連れ」をつくづく感じる。じゃ、「世は情け」なのかなぁ。旅は自分のタイミングで止められるけど、世は止めることはなかなか出来ない。社会生活ってめんどくさいなぁ。

中国のセンター試験

ウルムチ2日目。漢方が効いた?のか、体調もすこぶる良くなってきた。よかった。

さて本日起きて中国人の友達と話していると、今日は中国人の高校生にとって大事な日、大学に入学するための試験があるとのことだ。彼から聞いた感じだと、中国は殆どが国立大学しかなく、それに入るための試験。ただ、大学に出願するのではなく、このテストの成績に応じて自分の行ける大学が決まるというものらしい。センター試験に似ているといえば似ているが少し違うかな?そして彼がこのテストはアンフェアだと言う。何故なら省によって内容が違うみたいなのだ。もちろん難易度も変わってくる。例えば今いるウイグル自治区のテストは簡単で、福建省のテストは難しいらしい。しかし、スコアで押し並べて評価されるので、ウイグル自治区であれば北京大学に入学できる生徒も、福建省に行けば無理、ということが起こる。現に彼の大学(西安の工科大学らしい)の友達も、福建省から来た子はスマートだと言っていた。日本の自治医科大学の入試方法と一緒ですね。自治医大は各都道府県から入学できる人数が決まっているので、東京で受験するのと地方で受験するのとでは雲泥の差らしい。そしてこの自治医大と違う点は、受験地区の選択だ。自治医大は、詳しくは忘れたが居住地とか出身高校とかを前もって移動させれば、受験地を操作することも可能(まぁしかしその分その受験地での御家奉公があるのだが)。一方で中国のこれは生まれた土地によって決まるとのこと。もちろん親が前もってそれを考慮して操作することは出来るが、自分は生まれた時点で受験地が決まっており、操作することは出来ないのだ。学歴社会の中国にとってはまずまずえげつないシステムで、確かにアンフェアだ。中国人の友達は「生まれた時から勝負は始まってるのさ」とのこと。笑  中国は貧富の差も激しいし、社会的流動性の高い日本で生まれて本当によかったと思う。

 

さて受験といえばやはり自分の「輝かしい」過去を思い出してしまう。

受験勉強が好きだった(特に数学とかパズルみたいで)というのもあるが、自分は受験時代はけっこう良い方で、医学部の中でも偏差値の高い大学に行けた。実際、他の医学部生と比較しても受験勉強に励んでいたという自負もあるし、その分自分の努力で勝ち取った、という認識が強い。

でも実際医者になってみると、出身大学てそんな関係ない。これ、名門医学部をでた医者は誰しも少しは思うことだと思うのだが、どの医学部を出ようと、その後の進路にはさして影響がない。例えば東京大学出身の医者の殆どが行くであろう東大の医局には、東大出身はもちろんだが、地方の医学部やどっかの私大出身でもまず問題なく入ることが出来る。そしてその後の進路は基本的には同じ。これは医者不足と定員が設けられてないということに起因するが、そうすると、わざわざ頑張って東大入った意味ないやん!てなりかねない。つか実際なるし、それでジレンマを抱えている医者を何人も見てきている。でも何故そこでジレンマを抱えるのかというと、それは現在の自分に満足できていない、現在の自分が大したことないと思っているからだろう。実際、自分は大学時代に周りの人間の出身高校をみて優劣をつけるなんてことはしなかった。じゃ何で今、出身大学で悶々とするのかというと、やはり今の自分が物足りないからだ。だからそこで出身校で優劣をつけて自分のプライドを保ちたい。そうなる。過去の栄光にしがみついてはならない、伝統を盾にしてはならない、と常々思ってきたが、自分の軌跡が大きければ大きいほどこれに固執し、今の自分を見つめることが出来なくなる。今の自分を好きか、なりたい自分になれているか、それをしっかり見つめてあげて、不必要な他者との優劣に邁進するなんてことはやめよう。というか意識してやめるのではなく、そんなこと気にもしない人間になろう。

 

そう思った中国センター試験(?)の日でした。ちなみにウルムチは快晴。受験生頑張ってね。

風邪ひいた

張掖で知り合った中国人の友人が敦煌は1泊でもうウルムチに向かう、というのでウルムチに着いてしまった。ちなみに蘭州で知り合ったアメリカ人麻酔科医が1日遅れて敦煌に来て連絡をくれたのだが、俺が1日で出ることを伝えると「You move quick」と言われ、愛想を尽かされたのだか、結局一緒に飯も食えず、会いもできずバイバイとなった。大事な出会いを無下にしてしまったかな。ごめんよアメリカ人。人生取捨選択だなというのを改めて痛感した。

 

そんなでウルムチに着いたが、まぁウイグル自治区の首都というだけあってただの都市感は否めない。ちなみに数年前にカシュガルで爆発テロがあったからとのことで、駅なりなんなりセキュリティーチェックはきびしい。ホステルに入る際も入口にポリスがいて荷物チェックをしている。中国人は余るほどいるからこんな各宿に警察を配備するなんてことが出来るんだろうな。数は力なり。

街には一気にインド系の人、ロシア系の人が増えたイメージ。ホステルにはパキスタン人が同室にいて、中国人の友達いわく、中国とパキスタンは仲がいいのだ。とのこと。完全に人種差別発言だが、やっぱインド人とかアラブ人とかあっちの方の人を見ると少し違和感というか警戒心を持ってしまう。一方で漢民族は日本人と似た感じなので落ち着く。でもこれと同じ理由でアメリカでは善良なアラブ人が射殺された事件があったということだから、見た目はホント大事。そしてイスラム国の最近のもろもろはアラブ人からしたらたまったものじゃないだろう。

そしてこのウルムチからは、人種と国籍というのを意識する。日本にいると日本国籍の人はほとんどが日本人だから特に違和感も感じないが、世界では全くそういうことはない。我々が思っている中国人というのは漢民族のことで、チベット民族とか何民族かは知らないがこのウイグルに住んでいる人々は漢民族ではないが中国人だ(まぁ97%の中国人が漢民族とのことだが)。そしてこれが内戦とか諸所の紛争の元になるのであって、そういう経験をしない日本人はやっぱ平和ボケなんだろうなぁと思う。ちなみに僕の顔は漢民族に似ているらしく、よく中国人と間違えられる。

 

そんなことをウルムチに来て思うが、当の本人は数日前からの風邪が悪化して1日ホステルでダウン。熱はなく、咽頭痛、鼻汁のみだが、やはり風邪ひくとあんま元気は出ないよね。そんで昨日から中国のトラディショナルメディシン(ようは漢方)を飲み始めた。効くといいな。ちなみに日本で売られている漢方とさして変わらないが、久しぶりに漢方を飲んだ感想としては、もう味がくすり!って感じ。これでプラセボ効果狙ってるんじゃないかと思うような感じ。ちなみに中国の鍼治療は究極のプラセボ治療(つまり針さしても分子メカニズム的には何も起きないが、針をさしたという事実、認識が本人の体に変化を与えている)という内容の本を以前読んだことあるが、この漢方もやっぱプラセボ狙いであり、中国医学プラセボ医学なのかなとも思ってしまう。でもこの薬感漂う味が小さい頃はダメだったのに、今は少し旨味を感じてしまう。俺だけ異常なの知らないが、やはり味覚は変わるね。ミョウガを美味いと感じる時に特に思うけど。ちなみにプラセボに対して否定的なのではなく、これは凄い力を持っているので活用できるのであれば活用するべき。でも科学の進んだ現代で、特に懐疑的な俺には聞かないんじゃないかなと思ってもしまう。信じるものは救われる、ですね。薬の実験とかでも必ずプラセボ効果を考慮するが、そもそもこのプラセボ効果の研究てどのくらい進んでいるのかな。大学では特に習わなかった。脳科学が進みそうな今日では是非ともプラセボ効果の解明を期待したい。

ちなみに漢方は副作用がない、と思っている人がいるけど(中国人もそう思っているみたい)、全然ある。今飲んでいる薬にもしっかりと副作用について書いてあるし。まぁ頻度の話をしているのかもしれないけど、体内に何かを取り込むのだからメリットデメリットはありますね。

 

今日はウルムチには名物のアルコール度数20%を超えるビールがあるということで中国人の友達がワクワクしているので飲みに行く。全然病人じゃないじゃん。ではでは。

中国のGeopark(七彩丹霞地形、ヤルダン(雅丹)国家地質公園)に行ってきた

昨日敦煌に到着。夜行列車で張掖から来たため、7時くらいの早朝についた。張掖にいたのはレインボーマウンテンというので有名な七彩丹霞地形というのを見に行っていたから。旅する前は特に聞いていなかったが、蘭州のホステルのお兄ちゃんが是非いくべきというので行ってみた。

そして敦煌についてからは、張掖でできた中国人の友達の言われるがままにバスツアーに。これがなかなかの長旅で朝9時から深夜の1時まで。疲れた。かなり。ツアーでは世界遺産の洞窟を除いて色んなところに行くのだが、全て中国語ガイドで外人は俺のみ。博物館系の観光地は基本的に軽く見ておしまい、という感じで済ましていたが、最後に行ったヤルダン公園がなかなかに良かった。

砂漠の岩が水や風で浸食されて出来たタワー状の岩岩。これもそれなりにすごいが、やはり砂漠の規模がすごい。360度地平線というのも初めての経験で、まさに広大!、という感じであった。天気はあいにくの曇りだったが、日の入りのタイミングで太陽がある方だけ晴れてくれて、なかなか綺麗なサンセットを拝むことが出来た。この旅1番の絶景だったかな。ちなみに丹霞でも夕日が有名らしいが、この日は終始曇りで夕日は拝めなかったので、今回は良かった。

 

こんな感じで丹霞、ヤルダンと二つの国立公園(いわゆるgeopark)に行ってきた訳だが、さすが中国。あまりにデカイ。広い。こんな広大さを感じることは日本に住んでいてまずない。どこまでも続く大地と、一朝一夕では出来得ない大地の地形。人間のちっぽけさを感じる瞬間。

でも、そこではしゃいでいる中国人を見ていてふと思ったのが、こんな凄まじい大地、地形があるが、人間はここに飛行機と車、列車を駆使すればいとも簡単に来れてしまう。軽い観光です、みたいな感じで。なんならこんな凄まじい大地も核爆弾打ち込めば一瞬でさようなら。こんなことできる生物は地球広しといえど、人間だけだろう。改めて人間が生み出したテクノロジーの凄さを思い知る上で、恐ろしさも感じてしまう。よく言うのが、人間は自分たちの力以上のことをしまっているがために、いつかばちがあたる。でもどうだろう。これは人間の力以上のことなのだろうか。人間が自分の頭で作り出したものなのだから、力の中でのことだと思う。これからもテクノロジー開発は歯止めを知らないだろう。しかし、やはり地球は有限ということ。テクノロジーの恩恵で人口は爆発し、地球のキャパシティーは超えるだろう。テクノロジーの進歩のし過ぎで地球環境が耐えられなくなるかもしれない。でもだからと言ってテクノロジー開発が止まることはない。人間は欲深く利己的だから。中国の汚染を見たって、トランプがパリ協定から抜け出たことだってそれを証明している。環境のため、地球のため、社会のために自分の欲を抑えることはできないのが人間だ。だから環境保存とか偽善を言ってる暇と金があったら宇宙開発を早く進めて宇宙に飛び立たないと。このままじゃ地球と一緒にみんなさよならだ。インターステラーの世界じゃないけど。

 

そんなことをふと思ったので書き留めてみた。

中国人を見て、いいな、と思うところ

中国に来て1ヶ月ちょい経つ訳だが、中国の習慣で一ついいなと思ったことを書いておく。

 

中国人はご飯を食べる時、みんなで一緒に食べるのだ。小さなレストランにしろ、ホステルにしろ、お昼時になるとみんなで一緒に大きな皿を囲んで食べている。日本みたいに弁当だったり、一人分の定食だったりしない。

確かに営業中にも関わらずみんなでぞろぞろご飯を食べだし、その間にお客さんが来たら一人が食事を中断して随時対応するわけだが、日本の感覚からするとサービスが悪い、マナー違反と言いたくなるのも分かる。しかし、少なくとも俺の感覚だと、従業員がみんなで飯を食べていても嫌な気はしない。その間は対応してくれないならまだしも、ちゃんと対応してくれるのだし、こちらには害はない。

 

俺もホステルにて何度かご一緒させてもらったことあるが、みんなワイワイ仲良く話していて楽しそう。ホステルの場合はお客さんを交えて食べることもわりとあるみたいで、従業員とお客さんが、恐らくその日に初めて会っただろうにすごく楽しそうに話している。内容はわからないが、よく笑っていて気を使っているという感じではない。みんなで食事を楽しもう、という意思が伝わってくる。おまけに中国人がつくる家庭料理はどれもわりと美味しいので、食費も浮くしとても嬉しいお誘いである。

 

日本と中国のマナーについては色々と対比出来ることは多い。確かに中国人のマナーの悪さに閉口することもあるが、逆に日本人は他人に気を使い過ぎていて疲れていないだろうか。中国人はその点とても楽しそうである。中国人になれとはもちろん言わないが、高ストレス社会の日本人は色々と考え直すべきことは多いかなぁと思う。あんな恵まれた国なのに、1日に100人以上自殺しているのだ。

 

ちなみに今晩も食事に誘われて、今日はお前が日本の料理を作れ!と言われた。普段さして料理なんてしないし、ましてや日本でないので調味料は不足しているが、すき焼き(肉豆腐?)を作ったところ、美味しいと言って食べてくれた。作ったこちらも気分がいい。いい眠りにつけそう。

中国蘭州で見た、いろいろありなセクキャバ

中国は蘭州に来た。西安から8時間くらいの夜行列車で到着。蘭州も省の首都だけあって交通量も豊富。やはりここまで来ても栄えているところは栄えている。

予約していたホステルまで行くと、何やら工事中であり、英語の全く通じない工事現場のおっさんにホステルの住所を見せると、「メイヨー!(中国語で「無い」の意味)」と言い放たれる。どういうことか分からず粘っていると、おっちゃんが鍵を持ってホステルの中を見せてくれた。何と、ホステルは工事中。ホステルがあった跡らしき壁の落書きは残っているが、中は瓦礫の山。こんなことありますか?信じられんと思いながらも、何とか別のホステルを見つけてチェックイン。こんな感じでホステル探しに苦労し、夜行列車でも殆どの寝れていなかったため、どっと疲れが出て昼間から爆睡した。そして起きたのは20時。せっかくなのでお勧めされたナイトマーケットへ。そしてナイトマーケットに行く途中のとある店で何とも面白い経験をした。

 

店からは歌声が聞こえてくるので、何か面白いショーでもしているのか?と思い入ってみると、中は薄暗く、丸テーブル2、30個並んでいて、中くらいの結婚式会場くらいの大きさの飲み屋みたいな感じ。ただ薄暗く怪しげな感じ。そこではおっさん達が酒を飲んだり、タバコ吸ったり、トランプをしたりしながら会話を楽しんでいる。よく見ると歌を歌っているのも客のおっさん達で、けっこう上手いが、ようはただのカラオケ。つまりはここまでは大きめのカジュアルめなスナックと言った感じ。

そこで俺も10元のビールを飲む。これもレストランとしては安めで、普通の飲み屋という感じ。ビール飲みながら歌聞いてまったりしていると、よく見るとおっさんの中にやたらボディーラインを強調する服を着たおばちゃん達が何人かいてふらふらしている。これほんとおばちゃんで、何なら50代の俺の母親とさして変わらない感じ。このおばちゃん達が、テーブルに座っているおっさん達に手当たり次第に声をかけては、何か断られたり、隣に座って話を始めたり、そして中にはおばちゃんに手を引かれて奥の方に行く人も。お、これは風俗か?と思いながら奥の方を見るも、薄暗くて奥に別室があるのかないのか、何をしているのか、ということは一切見れない。ちょっとすると連れてかれた男がスッキリしながらおばちゃんと一緒に戻ってくる。何だー、と妄想を膨らましながら目を凝らすも何にも見えない。でも見たい、だからおばちゃんに誘われたフリして奥の方をに行くことに。

そしたらそこは、特に別室もなく、ようはそこだけ灯りが消されていて真っ暗になっているのだ。そこで7、8組のカップルが社交ダンスみたいにゆっくり踊っている。何だ、踊るだけかい!踊るだけで中国のおっさんはこんな満足するのか、と思うも、よく目を凝らすと、尻を触っていたり、もはや踊らずに胸を揉みしだいていたり、何なら腰を思いっきり振っているおっさんもいる。でも服を脱いでいる訳ではない。そのまま果てたらどうすんの?そこまでは確かめきれなかった…。

 

でも中国人もこんな感じでストレス発散しているんだなぁ。という一面が見れて良かった。これも旅の醍醐味。中国人の生活に入り込めた感じがして満足だった一日でした。